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禁煙の発見

      2017/12/14

禁煙の発見

禁煙というものは、ミルクのように白い、いい匂いのするクリーム状のものである。
そのクリーム状のやわらかい固まりが、知らないうちに目の奥あたりに生まれ、わだ
かまる。ときには温かくとろりと溶け出し、快い眠気をともないながら両のこめかみに
広がり、さらには首から両翼にかけて沁みわたる。ときにはまた冷たく固まって、涼し
いばかりの覚醒感を呼びながら額や背筋や両腕の皮膚に張りをもたせる。

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クリームはやがて、ふと気づいたときには失せている。そしていつかまた、ほんのか
すかに匂い立つように思わせながらよみがえる。
禁煙はふしぎだ。愉快だ。もちろんクリーム状の物質というのは喩えである。禁煙に
よって身体が帯びた感覚を言葉にしようとすれば、たとえばそのようにいえるというこ
とだ。そのような身体感覚は、おそらく非喫煙者には分からないし、喫煙者にも分から
ない。さんざん煙草を吸ってきて、あるときを境に一本も吸わなくなった者、すなわち禁煙者になってみないと分からない。
また禁煙者であっても、禁煙というものが忍耐であり、抑制であり、断念であり、克
己である、すなわち禁欲であると思っている人は、右の感覚を信じることはないだろう。
しかしそうした感覚を図らずも手に入れたこと、またそれによって暮らしを仕切る呼吸
のようなものをつかんだことは、私にとって現実である。私は私の現実を書いていこ

これまで二十七年間、毎日、煙草を吸いつづけてきた。一日に紙巻きを三十本。多過
ぎはしないと思うが、計算すればざっと三十万本の煙草に火をつけ、灰にしてきたこと
になる。そう考えると少ない分量ではない。
思うところがあって丁年前に禁煙した。いや、そんな一言で済ませられるほど簡単で
はなかったが、ともかく禁煙した。「健康のため」ではない。煙草が「不健康」なもの
だと考えて禁煙できる者は、もともと喫煙者ではない。いまどき、煙草が身体にまった
く無害であると思っている幸福者が、喫煙者の中にいるわけがない。切迫した理由でも
ないかぎり、害はあると知っていながら吸うのである。
私にしても、三十万本も吸えば、どんなに身体によいものであっても有害になること
くらい、分かっていた。ただの水でさえ一日にコップ三十杯も飲めば気持ちがわるくなる。
また喫煙に対する「社会的圧力のため」に禁煙したのでもない。たしかに、周囲の者
にまで迷惑がかかるといった論法には、喫煙者たちはきわめて弱い。喫煙者は心やさし
いのである。だからといって自分がただちに煙草を断ってしまうということはない。片
隅へ行って吸うのである。
そもそも私は「嫌煙権」という言葉に違和感を覚えて仕方がない。まずケの音の重な
りがきたなく、耳障りである。それに「推理」というのは日本語として、二字熟語の造
語として、正しいのだろうか。「嫌」という字の下に、その推うべき対象物を置く。「嫌
煙」のほかに、そうした例があるだろうか。
人がいやなら厭人であり、この世をきらえば厭世であり、戦争をいとえば厭戦である。
嫌人とも嫌世とも嫌戦ともいわない。すなわち、煙がいやなら厭煙なのではないか。漢
字・漢語の専門家ではないから断定はできない。しかし少なくとも厭煙のほうが熟語の
組成上、自然だと思う。どうか反喫煙運動の方々はこれから厭煙権を唱えてほしい。
アメリカの作家ポール・オースターーが脚本を書き、監督ウェイン・ワンが撮った『ス
モーク』(一九九五年)という映画がある。私の好きな映画だ。ブルックジンの街に住む
人々の暮らしを、その日々の喜びや悲しみの情を、あくまでもささやかな細部を撮るのに徹しながら、声高にならず、つつましく、そおっとフィルムの上に定着させたような
1本である。街の人たちがいかにも楽しげに煙草を吸う、その身ぶりが美しい。
ポール・オースター自身も喫煙者である。脚本を収める『スモーク&ブルー・イン・
ザ・フェイス』(柴田元幸ほか訳、新潮文庫)に載ったインタビューで、聞き手が「(これ
は)近年のアメリカ映画の中で、登場人物が喫煙を楽しんでいる数少ない作品のひとつ
でもあります」と語りかけだのに対し、オースターーは次のように話している。
ここ数年、アメリカで喫煙に反対する圧力団体がすどく優勢になっていることは知
っているけれど、いつの時代にも。ヒューリタニズムはあったんだよ。絶対禁酒論者や
狂信者は何らかの形で、つねにアメリカ人の暮らしに影響を与えてきた。僕だって喫
煙が体にいいと言っているわけじゃない。けれど、日々犯されている政治的、社会的、
そして生態学的な非道に比べれば、煙草なんて小さな問題に過ぎない。人は煙草を喫
う。これは事実だ。人は煙草を喫うし、たとえ体によくなくても、喫煙を楽しんでい
る。
(「ザ・メイキング・オブ・『スモーク』」畔柳和代訳)

ポール・オースターは喫煙者として

ポール・オースターは喫煙者として正直な意見を述べているのだと思う。私もほとんど共感できる。ただ一つ、「(人は)喫煙を楽しんでいる」という最後の部分だけは、分
かるようで、じつは身体感覚としてはそう思うことができない。私は煙草を楽しんで吸
っていただろうか。煙草はうまかっただろうか。
さんざん喫煙していながら、吸うこ`とが心底楽しいと思ったことはない。本当にうま
いと感じたことはない。たしかに煙草に火をつけたとき、快楽に似た感覚が走ることは
ある。そうした生理現象があるかぎり、楽しいともいえるし、美味ともいえる。しかし
楽しいと思っているのは果たして私だろうか。煙草を吸いたいと思う、その欲求は本当
に私自身から発しているといえるのだろうか。
煙草を静かに深々と吸ったとき、ほっと安堵するものがある。安堵するのは果たして
私だろうか。ある状況によって許されず、長時間、煙草が吸えないと分かったとき、ほ
とんど恐れに近い感情をもつことがある。恐怖しているのは私だろうか。喫煙が許可さ
れ、救われたと思う。救われたのは私だろうか。
楽しんだり、安堵したり、恐れたり、救われたりするのは、私ではなくて、煙草産業
である、などという話ではない。答は
あまりにも真っ当すぎて、つまらないにせよ
明らかである。体内に残存しているニコチンである。ニコチンという依存性の薬物
そのものが、体内で効果を失うにつれ、新鮮なニコチンの補給を欲しているのである。喫煙は、つまるところ薬物依存なのである。
オースターがいうように、たしかに「人は煙草を喫う。これは事実だ」。『スモーク』
の出演者たちが見せてくれたように、善良であったり、嘘つきであったり、賢明であっ
たり、愚かしかったり、口やかましかったり、口べたであったりするブルックリンの街
の人たちがつつましやかな仕草で煙草を吸いつける。煙草のもつ、その親和的で、平明
な美しさは「事実」だ。煙草というものが、人々の暮らしのいわば淡彩の色どりになっ
ている。暮らしになじみ、心になじんでいる。それは「事実」だ。
人は煙草を吸う。吸いつづける。しかしそれが薬物依存にほかならぬこともまた「事
実」なのである。ある学者が、サルが一度レバーを押すと、煙草一服分ほどのニコチン
溶液がサルの静課内に注入されるような装置をつくり、実験した。結果、サルは頻繁に
レバーを押しつづけるようになったという。
喫煙は一方で、それが暮らしに沿い、融けこんでいるときは美しくさえある。他方、
喫煙はあくまでも薬物依存である。私たちもまた、レバーを押しつづけているのである。
煙草について、この両面をともに見すえたい。その程度には批評的な目をもちたいと私
は思う。
では、私は薬物依存であることがいやで、つまり自分がレバーを押すサルと同じであることがいやで、それで禁煙したのか。そうではない。煙草への依存状態にあるという
ことは、常習的な喫煙者であることの言い換えにすぎない。言葉を換えた自己の再認識
にすぎない。それだけでは煙草をやめるほどのインパクトとは感じないのが喫煙者なの
である。
私が禁煙したのは
どうか笑わないでほしい?、禁煙というものが喫煙者である
私にとって、まさしく想像を絶する状態であり、私はその想像外の境地に立ってみたく
なったのだ。じっさい、一本も煙草を吸わがくなる、そんな自分をイメージすることは
喫煙者には不可能なのである。
朝起きて、煙草を吸わない。職場で、むずかしい仕事に直面しながら煙草を吸わない。
知人と酒を飲みつつ、話の接ぎ穂を考えながら煙草を吸わない。夏のさかんな日盛りの
なか、涼しい喫茶店に入って息をついたとき、煙草を吸わない。書かねばならぬ書類や
手紙などがあるとき、文章にあれこれ苦しみながら煙草を吸わない。うれしいことがあ
って胸が弾んだとき、煙草を吸わない。悲しみをまぎらせたいとき、煙草を吸わない。
もちろん三度の食事のあとに煙草を吸わない。就寝儀式としての一服もやめてしまう。
春夏秋冬いかなる日にも、どんなときにも吸わない。これから生涯、ただの一本も吸わ
ない。そのような事態を考えようと試みるだけで、茫然とするのが喫煙者なのだ。喫煙者に
とっては煙草は人生そのものである。それくらいに日常の節目ごとに、いや、一挙手一
投足のすみずみにまで、煙草が入り込んでいるのである。
つまり私は茫然としてみたかったのだ。煙草をやめれば、まず間違いなく、思いの外
の心的状態に陥ることだろう。それがどんなものか知りたかったのだ。私は四十歳代の
半ばをすぎていた。人生の残り時間をカウントしはじめて遅くない年齢である。だから
こそ現在を一つの雨期としてみたいという欲望が高まった。
もちろん恐れもつのった。何しろ煙草のない生活というのが想像できないのだから、
まるで未到の界域へ足を踏み出すようなものなのである。不安を感じて当然だろう。

禁煙は事件

禁煙は事件なのだ。すなわち私は自分自身に事件を起こしてみたかったのだ。
ある有名な心理学者が、禁煙について、「友人、同僚など禁煙を望む人をさそって、
いっしょにやめるのは有効である。たがいに励ましあうことでタバコヘの誘惑に負けな
いようにすることができる」などと書き、「タバコを吸ったときには相手に罰金を払う
という方法」までも挙げているのは噴飯ものである。
そんな気恥ずかしい手段で禁煙できる人は、じつは、いつでも簡単に煙草をやめるこ
とができる。「健康のため」を思って即座にやめられるし、わずかな「社会的圧力」を感じただけでもやめられる。しかし私はこれまで、この心理学者が思っているような
「健全」な心理の喫煙者を見たことがない。
禁煙とは、おそらくそれ以前と以後とで人生を非連続にするものである。それを境に、
これまでと異なる時間を生きることである。私など、その先にどんな景色が広がってい
るのか予想もかなわない暗い穴に転がり込む気分で禁煙した。果たしてそこに、ただど
とでない心的状況が待っていた。
しかし私はひょっとして、ただのニコチン離脱症状(いわゆる禁断症状のこと。現在
ではこの禁断症状という言葉をあまりつかわないらしい)による心的完進を語ろうとし
ているだけなのだろうか。たしかに離脱症状の異様な気分を、私はしたたかに味わった。
喫煙者ならだれでも、長時間にわたって煙草が吸えずにいると、日常的には感じたこ
とのない神経の不自然な緊張や、あるいはやはり不自然な弛緩が生じてくることに覚え
があるだろう。その神経の乱れの背景には、煙草への渇きや焦りがじりじりと焼けてい
るはずだ。しばらく喫煙を中断させられただけで、そうした非日常的ともいえる渇きや
焦りの感覚が噴いて出る。
まして禁煙を決意し、実行しはじめると、その感覚はいよいよ尖鋭化するのである。
その果てにどうなるのか。禁煙をはじめた日の翌晩、私はある場所で、その渇きや焦りが手のつけられないほどに高まり、皮膚という皮膚がざわざわとそよぐような気分に陥
った。その果てにどうなったか。
そのとき私は妻と連れ立って、千駄ケ谷にある国立能楽堂のロビーにいた。演目の1
つが終わり、短い休憩時間に入ったところである。ロビーは苔を敷きつめた中庭に面し
ていて、その苔がいつか降りはじめていた雨に濡れ、中庭のライトに照らされて妙に青
く光っているのが見えていた。
能を見に行くのは愉しみの一つである。六年前、学生時代からほぼ二十年ぶりくらい
に能楽堂に出かけ、囃子方四人(笛、小鼓、大鼓、太鼓)の気迫といい、地謡ハ人の
切々として深みのある声の唱和といい、あたかも弾けるのをこらえるように、震えるほ
どの力感をこめたシテの舞いぶりといい、素人にも分かりやすい演劇的な高揚感にみち
た舞台を見だのが病みつきとなって、以来、月に二度から三度は能楽堂に通うようにな
っていた。
その夜はしかし、私は煙草のことしか考えていない。禁煙開始は前日の午後一時半で
あった。そのときからの時間を、ひっきりなしに時計を見ながら「二十八時間たった
……」「二十九時間たった・:・:」などと数えている。舞台は目には映っているし、耳も
働いている。しかし舞台に対してどんな感想が浮かんでも、それはたえず湧きおこる渇きの気分に呑み込まれてしまう。顔から類にかけて、肌は日焼けをしたときのように火
照っていた。
ロビーにはにぎやかな街なかのように人が行き交っていた。中庭との境をなすガラス
扉の近くに吸殻入れがあって、年輩の男が一人、その脇で煙草をふかしている。どうや
ら、この能楽堂でしばしば見かける人のようであった。
いつもの私ならそこに並んで立って、一緒に煙草を吸っているだろう。喉元には、喫
煙への衝動がまるで熱いタールのようにせりあがっていた。やがて人々はまた客席へと
吸い込まれていき、ロビーの人影はまばらになった。煙草を吸っていた人もいつのまに
か姿を消していた。熱いターールのような焦りの気分は、身体の中で、もはや内圧をぎり
ぎりまで高めていた。私はその気分の中に自分をうずくまらせるようにしながら、ただ
雨に濡れて光る中庭の苔を見ていた。
そのとき、ほんの束の間、私の中でその渇きと焦りが別のものに変わったのである。
じりじりと焼けつく焦燥感から、熱が引けて、ふうわりとした眠気のような気分になっ
たのである。まるで、ふっと回転ドアを抜け、見知らぬところに立ったようだった。そ
の眠気には、ふしぎな快さがあった。張りつめた神経の束がゆるゆるとほどけるようだ
った。私はほとんど陶然としたといってもよい。

禁煙して30時間

立ち尽くしている私に妻が声をかけた。次の演目がはじまろうとしていた。午後七時
半。禁煙してから三十時間がたっていた。
その夜の寝床で、私はしきりにそのときのふしぎな眠気を思い出そうとした。それは
おそらくほんの一分もつづかなかっただろう。能楽堂でふたたび客席に戻ったとき、そ
のゆるゆるした気持ちのよい身体感覚はすでに嘘のように消えていた。かわりに、あの
ターールのように粘っこい渇きと焦りがまたうずきはじめ、それはとうとう帰宅して寝る
までつづいた。何度か切なく寝返りを打ちながら、ようやく眠りに落ちるとき、私の気
分はすっかり赤茶けた色に染まっていた。
あの快い眠気は、たんに禁煙による心的完進のせいだったのだろうか。ニコチンを渇
望するあまり、たんなる疲労を何か心地よいものに錯覚したにすぎないのだろうか。そ
うに違いないと私は思いはじめた。
いや、そうでもないのかもしれないと考えたのは、それから二日後、つまり禁煙開始
から三日目の夕方のことである。私はある私立大学の図書館で働いている。それは一日
の勤務を終え、帰りの電車の中に立っているときだった。電車内ではいつも本を読む。
しかしこのときは吊革につかまりながらカセットテープを聴いていた。黙って活字を追
っているよりも、耳の中を何かの音で満たしていたい気分だった。この日も、朝からニコチンヘの渇望感はあいかわらず絶えることがなく、くすぶりつづけていた。
イヤホンから響かせていたのは、ホーギーー・カーマイケルというジャズの作曲家によ
る。ヒアノ演奏と嘆声、そしてそれに合わせて嘆う女優ローーレン・バコールの声である。
ハワード・ホークス監督のハリウッド映画『脱出』(一九四五年)のビデオから、最近、
この二人による酒場での嘆と演奏の部分をダビングしておいたのだ。
映画『脱出』といえば、ローレン・バコールのくわえた煙草にハンフリー・ボガート
がマフアで火をつける場面が、二人の身のこなしがきれいに極まったことや、暗い部屋
に白く大きく燃え上がるマッチの炎の映像的効果などで名高い。
ただしそのことと、私が禁煙してニコチンに飢えていたこととは関係がない。私はた
だその映画でのホーギー・カーマイケルの演奏シー・ンが好きなのだ。とても好きなのだ。
図書館での仕事を済ませ、帰宅の途につくと、仕事中はなんとか抑えてきた渇望感がど
うにもうるさく立ち騒ぎはじめる。その騒ぎを、軽やかなジャズピアノで消してしまい
たかった。
聴きながら、映画でのそ‐0情景を思い出す。所はフランス領マルチニック島のとある
ホテルの酒場。カーマイケルの弾くピアノを中心に、男たち女たちが集まって、陽気で、
狭雑で、平和なひとときを過ごす。ドアの外は対独レジスタンス運勣のきびしい緊張、ドアの内は唄と笑いと恋のやすらぎ。この作品で映画界にデビューした口ーレン・バコ
ールの声はちょっと硬いが、カーマイケルの声はなめらかで、つやがあって、生きがい
い。
しかし私の中では渇きによる充進状態がつづいていた。私は一方でカーマイケルたち
の唄に聴き入りながら、もう一方では喫煙衝動のやまない自分自身に呆れ返っていた。
これが三十万本の結果なのか。これが補給を断たれたニコチンの復讐なのか。やれやれ、
まいった!
挿入曲の一つ、カーマイケルのソロによる弾き語りを聴いているうちに、そのづフー
ド風の旋律のもっとも美しいところで、私はふっと息を披いたのだと思う、そのとき重
く粘る渇望感のわだかまりが、愁然と晴れていったのである。吊革をつかんだまま沈ん
でいたような身体が、にわかに涼しい緊張感を帯びたのである。思いがけない感情が私
の中に立ち上がっていた。
私のまわりにはたくさんの時間が水のようにあふれている
快い、歓びにも似たぞ
のときの感情を、言葉にすればそのようにいえると思う。私は時間に包まれている。私
は時間に守られている。私は時間に養われている。私は時間に憩うことができる。時間
はおびただしく湧き出ている。その時間を私は私のために、私自身でつかうことができる。私が飲むだけの水は私が死ぬまで枯渇することがないだろう。同じように、私はこ
のあふれるばかりの時間を呼吸するように生きることができる。
煙草への渇きが身体の中で荒れに荒れた果てに、私はなぜか時間のことを(人生の残
余としてカウツトしはじめたはずの時間のことを)、気持ちがいいばかりの緊張感のう
ちに考えたのである。禁煙はふしぎだ。身体をくたくたになるまで翻弄するかと思えば、
ふと意表を突く幸福感を投げつけるし、あらゆる思考を封じてしまうかと思えば、これ
まで考えもしなかったことを考えさせる。
あの能楽堂のロビーで感じた幸せな眠気は何だったのだろう。電車の中で湧いた
眠気と覚醒
やはりすぐに消えてしまったが?、涼しいばかりの覚醒感は何だったのだろう。ニコ
チン離脱症状が高じたあげく、知覚が逆上せあがったのか。ところがそれからときどき、
その眠気や覚醒感が起きるにしたがって、私はこれは錯覚などではないと思うようにな
った。
温かな弛緩と涼しい緊張。私はそれがあたかも煙草を覚えるまで、私
の若い身体がもっていた日常的な感覚ではないかと思いはじめた。定かな記憶ではない
が、たしか「少年の日の青空をまた見たくなって/禁煙した男がいる」というような、
少しキザな詩句を書きつけた詩人がいる。私は青空を見たわけではない。ただ昔、身体がゆったりとした弛緩と緊張とのリズムで呼吸をしていた、その身体感
覚をいままた取りもどしたのだと思いはじめた。あの眠気と覚醜態はそれぞれ身体の呼
気と吸気だったのだ。これまで二十七年間、煙草の煙に抑えられ、閉じ込められてきた
ものが、煙草を断つことでまた立ち現れはじめたのだ。
やがてその感覚を、ミルクの白さをもつクリーム状の物質として思いなすようになっ
た。クリームが溶ける、身体が弛む。クリームが固まる、身体が締まる。それは私にと
って快適なイメージである。しかし快い状態というのは、そんなにしばしば訪れてくれ
るものではない。一方、煙草への渇きは容赦なく、丁年たってもふつふつと噴いて出る。
喫煙三十万本というのは、それくらいの目に遭わせられるほどの分量ではあるのだろう。
それでも私は、何か暮らしの呼吸のようなものをつかむことができたのではないか。
ある日、私はそう思って少し笑い、少し溜め息をついた。

禁煙の稽古

禁煙の稽古をはじめよう。きょうは素敵に仕事が捗ったことだし、夕暮れどきの風は
さわやかだし、今夜もとくに用事はないし、禁煙にはうってつけだ?。
まだ煙草を手放すことができずにいた頃、私はときどき「稽古」と名づけた禁煙のシ
ミュレーションを試みることがあった。
ことさらなことをするわけではない。たんに煙草を吸わないでいるだけのことである。
ただまともな禁煙と異なるのは、それがほんの何時間かのことにすぎず、やがては煙草
に火をつけることが自分でも分かっており、またそれを自分に許しているという点にあ
る。まことに優柔不断なことである。なぜ、きっぱりと煙草を止めず、そんなことをす
るのかといえば、私には禁煙のコツはきっと優柔不断にこそあると思えるようになって
いたからだ。
すでに禁煙の失敗は飽きるほど重ねてきた。いや、じっさい、もう飽きていた。一般に禁煙というものは禁欲であると思われている。つまりは禁欲という強固な意志によっ
てなされるものと思われている。私もじつはそのように思ってきた。しかしあえていえ
ば、これまで禁煙に失敗してきたのはまさしくそう思い込んでいたからなのだ。
強い意志をもってしては禁煙に成功しない。さんざん失敗をくりかえしたあげく、私
はそう結論づけるに至った。こと禁煙に関しては弱腰であったほうがよい。意気地がな
いほうがよい。そのほうが道が開ける、と。
そもそも簡単に成功しようと思うのがいけない。何の苦もなく、あっけなく禁煙でき
る人もいないではない。しかし私はそんな人を尊敬する気になれない。失恋をしたこと
のない者に人の情というものが分からないように、一度で禁煙できるような男あるいは
女にはその精神性においてどこか信用しきれない部分がある。
優柔不断で行こう。むしろ、はじめから失敗を予定した方策に打って出よう。煙草に
火をつける自分を許すだけの余地を残しておこう。すなわちそれが禁煙の稽古である。
何時間とは定めず、喫煙を抑える。だんだんと高まる煙草への欲求に、自分でこれでも
う良しと認めれば、気も晴ればれと煙草を吸う。それまでのあいだ、禁煙のシミュレー
ションをしようというのである。
この「稽古」を思いついたとき、ただちに、どこからか苦笑する声が聞こえてきた。

第一に、それは節煙とどう違うのか。
第二に、「禁煙の本番」はどうするのか、いつ始めるのか、それとも始めないのか。
第三に、「禁煙の本番」のときは、やはり優柔不断ではいられないのではないか、ど
うしても忍耐や抑制や克己を要するのではないか。
第四に、そんな面倒くさいことを重ねるくらいなら、いっそ禁煙などやめてしまった
らどうか。
私の考えはこうだ。第一の節煙のこと。煙草というのはこの点でじつに明快なもので
あって、吸うか(黒)吸わないか(白)の二種類の対処しか存在しない。節煙(灰色)
という中間の状態は、ほんの短期間をとってみれば成り立つように見えるだけのもので、
事実上は喫煙と同じことである。節煙はりっぱに黒だ。そしてもちろん、私の禁煙の稽
古は節煙をめざすものではない。あくまでも禁煙そのものを狙う。
第二、したがって「禁煙の本番」は開始する。ただし「いつ」からというのは注意を
要することだ。失敗をくりかえしていた頃、私は必ず禁煙決行日を定めていた。たいて
いは区切りのよい、月の末日などに決めていたものである。その日が近づいてくるにつ
れて、さすがに高ぶってくるものがあった。前日などはふだんよりも余計に煙草を吸っ
た。結果は、あろうことか、禁煙決行日を設けるたびにかえって喫煙量が増すだけのことであった。

禁煙の開始日

禁煙の開始日は、私の場合、決めておかないほうがよかった。しかし禁煙の予定がま
ったくないというのでは、稽古をする気にもなれないだろう。少なくともそのいつか分
からぬ日のことを想像するだけで、いささか緊張感を帯びるほどの「近日中」と、私は
決めた。
第三、稽古などではなく、じっさいの禁煙に入るときは、やはり相応の決意と覚悟と
意志が要るのではないか?。さあ、そこが眼目である。たしかに禁煙は異様ともいえ
る心的体験ではあったが、結果としては、そのために腹を据えて耐えるなどということ
はなかった。ここではただ、少しばかりの好奇心や求知心が役に立ったとだけ書いてお
こう。
第四は、まったく論外といわねばならない。禁煙のことで、さまざまに戦略をめぐら
せるのは、私にとって決して面倒なことではなく、かえって愉しみだった。面倒と思う
こともあったが、それは禁煙を自己抑制と思い込んでいた頃のことだ。もちろん禁煙を
めざすのを止めようとは思わなかった。それよりも禁煙という人生の一つの転回を味わ
おうという心持ちのほうが強かった。
ついでに記しておくなら、禁煙をめざすにあたって、理由づけなどはないほうがよい。とくに「健康」のことは、禁煙の理由として意味をなさないと思う。むろん何か身体に
疾患があって、その治癒には禁煙を要するという場合は別である。心臓や肺や気管支な
どに不調なところのある人が煙草を止めれば、回復にそれなりの効果はあるのだろう。
そうではなく、ただ漠然と「健康」になりたくて禁煙するというのは、私にいわせれば
まったくの勘ちがいにすぎない。
私自身、禁煙しているいま、そのことははっきりいえる。禁煙してからでも高脂血症
にはなるし、大腸にポリープはできるし、腎臓には膿庖が発見されるし、肝臓の機能は
低下するし、境界型の糖尿病とはいわれるし、眼圧も高くなるし、総たんぱく質の量は
急減するし、尿に血は混じるし、仕事のストレスで胃に穴があくことだってある。虫歯
になるのと同時に、首筋に粉瘤(脂肪の塊)ができ、それらが治らないうちに中耳炎ま
で患うことがある。
喫煙とかかわりのない部分での病は山ほどにあるのだ。「身あるは即ち病なり」とは
よく言ったものである。身体があるかぎりは病気から逃れられない。禁煙したから健康
になるなどと決め込んでいると、あとで裏切られることになる。
私にとっての禁煙の目的はただ一つ、自分のリニューアルである。それがじっさい、
どんなことなのか、じつは禁煙してみるまではよく分かっていなかった。ただ、初めての禁煙の稽古のとき、ニコチン離脱症状が高まるにつれ、もしもこのまま煙草を断って
しまえば何かが変化せざるをえないという予感が湧いた。
少なくとも日常的な身体感覚は、ニコチンが消えることで、きっと変異を起こすこと
だろう。また暮らしに密着している煙草を切って捨てることによって、暮らしのありよ
うも変転するにちがいない。その思いは、離脱症状が高まれば高まるほどに、ほとんど
確信に近いものになっていった。
しかしどんな変化が訪れるのか。それはいつも離脱症状が頂点に至るまえに煙草に火
をつけ、吸ってしまっていたから、とうとう「本番」までは分からずじまいであった。
その頃、禁煙をめぐって書かれたさまざまな文章が目についた。なかでも歌人の斎藤
茂吉による「禁姻(きんえん)」(昭和二十四年)という一文が私の気に入った。ここには禁煙がどれ
だけむずかしいことか、喫煙の欲望がいかにしぶといものか、それらが茂吉自身の経験
にしたがって、飾ることなく書かれていたからだ。
たとえば若き茂吉が巣鴨病院(のちの松沢病院)に勤めていた時分、院長の具秀三が入
院患者はもちろんのこと、医者にも職員にも禁煙令をしいたという。そのときの苦しさ
を、喫煙者であった茂吉はこう書く。私らは隠れて便所の中で喫朝したり、わざわざ病院裏の豚小屋に行って喫朝したり
したものである。それほど禁烟といふ奴はむっかしい。入院患者はそんならどうして
居るかといふに散歩の時庭草を採って来て、それを干して朝草のかはりにしたり、時
には新聞紙などを自製のまがひのパイプにっめて喫ってゐたりした。私は(略)徳川
の代に禁烟会がどうしても行はれなかった事実、向柳原に乞食がコモの中に隠れて喫
朝して居った事実を、呉院長に話して、患者の禁烟を解いてもらったことがある。
のちに「アララギ」の総帥となる人物が、やむにやまれず便所の中や豚小屋の中に隠
れて煙草を吸っていたのである。院長に頼んで患者の禁煙を解いてもらい、ついでに自
分たちの喫煙まで許してもらっているのである。それは明治末期のことだが、それほど
にむずかしい禁煙を茂吉は大正九年に実行したという。その茂吉が奨める禁煙の「簡単
唯一の方法」というのが、まことにふるっている。「絶対に火のついた朝草は口にしな
い」というのである。
この「方法ドを読んだとき、私ははじめ唖然とし、つづいて笑い出してしまった。斎
藤茂吉はユーモアの人である。火のついた煙草を口にしなければ、なるほど確実に禁煙
はつづく道理ではないか。

禁煙して1年

しかし私自身、禁煙して1年たったいま、これは至言ではないかと思うようになった。
茂吉は自分のことを「寧ろ意志が弱い方である」と書いている。これは正直な告白なの
かもしれない。意志が弱いからこそ、もはやあとには退けぬぎりぎりの「方法」として、
「火のついた朝草は口にしない」という千を編み出したのではないか。これはたしかに
禁煙の「簡単唯一の方法」といえるのではないか。
もっとも、この随筆は昭和二十四年、禁煙に踏み切った大正九年から二十九年も経っ
てから書かれたものである。禁煙に対して、すでに余裕細々たるものがあっただろう。
悠々と往時をふりかえっているからこそ、「私はただの『簡単な原則』で、通って来た」
などと書けたという気がしないでもない。
ともあれ禁煙しようとする者が百人いれば、そこに百の禁理法がある。私にはとても
茂吉の「簡単唯一の方法」は適用できなかった。私は私の「方法」を考えねばならなか
った。
煙草の替わりにガムや飴玉を口の中に入れるのは、私には何の効果もないことはすで
に分かっていた。斎藤茂吉も「薄荷パイプだの、するめの干したのだの、ドロップだの、
朝草の嫌ひになる薬液だの」は、「却って朝草が喫みたくなる場合の方が多い」と書き、
むしろ何の味もない「爪楊枝」をくわえるのが「効果的である」としていて、これには共感したものである。といっても、私も煙草の替わりに爪楊枝をくわえたという意味で
はない。煙草のない口さみしさは、やはり煙草でないと満たすことはできない。
私が禁煙の稽古をくりかえしたのは、そうしながら私の方法を探すためといってもよ
かった。じっさい、稽古のたびに、だんだんと方法が固まっていった。方法が固まれば、
いよいよ「本番」は近いということにもなる。それを思うと、私は少し緊張した。
いや、順を追わなくてはいけない。私がどんなふうに方法を探り、そして禁煙に入っ
ていったのかを書いていこう。恥ずかしいようなこともあるが、斎藤茂吉ほどの人が豚
小屋に隠れて煙草を吸ったとか、爪楊枝をしゃぶって煙草の替わりにしたとかいったこ
とを書き記しているのである。私などが恥ずかしがることはない。
初めのうちは稽古も一時間つづけるのがやっとであった。じつに、ありとあらゆるこ
とが喫煙の理由になるのである。もし仕事中であれば、どこかに電話をする、企画書を
書く、来客がある、大事な書類が紛失した、その書類が出てきた、同僚から厄介な相談
をもちかけられる、机の上のホッチキスが見当たらない、遠くを消防車が走って行く、
窓から美しい夕焼けが見える、書庫で大きな音がした、等々。自宅であっても同じこと
で、何かほんのわずかでも感情を動かすことが起きれば
あるいは何も起こらなくて
も、たとえば空気が揺らげばそれだけで?、煙草を吸う口実になるのである。やがて私は気がついた。やめたと思えば、すぐに吸う。こんな禁煙ごっこを何度重ね
ても同じ結果を生むだけである。これはたんに「本番」をふしだらに先送りしているに
すぎないし、そもそも何とも知恵のないことである、と。
喫煙習慣、すなわちニコチン依存は、いわば横綱クラスの強力な生理システムである。
だからこそ私は下手に克己心などを固めたところで勝てるものではないと考えたのだっ
た。しかし、このように何の知恵も工夫も働かさず、ただ喫煙しないでいるというだけ
では、あたかも千人力の巨人に子供が遊んでもらっているようなものである。
禁煙にも、知恵と工夫がなければならぬ。巨人を軽くいなすためには、こちらに煙草
を吸わずにいることを愉しむような心の仕掛けが要るのではないか。
上機嫌でなければ禁煙などできるものではない。胸がわくわくするようなことがなく
て、どうして禁煙のような離れ技が可能だろうか。私は考えに考え(その間に、いった
い何十本の煙草を灰にしたことだろう!)、ついに思い至った。何かを愉しむためには
手ぶらではいけない。我が身のまわりに「もの」と「こと」とを引き寄せなくてはいけ
ない。ものとは、すなわち物件である。こととは、すなわち事件である。
まずは物件。自分でも思いがけない、ちょっと風変わりな、それがあれば暮らしの色
合いがわずかでも変化を帯びるようなものを買ってみよう。その思いがけなさによる軽いショックで、ニコチン依存という強大な生理システムを一瞬でもしびれさせてみよう。
私はブックトラックを買うことにした。

ニコチン依存

ブックトラックとは図書館用品である。一般のデパートや家具店などではまず絶対に
見かけることはないが、図書館にとっては必需品といってよく、これを一台ももたない
図書館というのは考えられない。キャスターの付いた手押し車で、その形態は家庭の台
所やレストランなどで便われるワゴンに似ている。本を載せて運搬するのだから、もち
ろん、ワゴンよりもはるかに頑丈なものだ。
これを運搬用ではなく、辞書や事典の類を並べて机の脇に置いておくと、なかなかに
便利であることを私は図書館員として経験的に知っていた。平らな二棚の小型タイプで
も、一朝に二列並べるとすれば、広辞苑ほどの厚さの辞書が一台に二十四冊くらいは載
せられる。全何巻もある大部なものは別として、人名や歴史や語学など一般的なレフア
レンス・ブックなら、大小を取り混ぜて基本的なものはおおよそ並べられるだろう。キ
ャスターが付いているから、ぐるりと回すと反対側の辞書が楽に手に取れる。上の朝に
少しばかりスペースを空けておけば、調べるときに、そこで一冊を開いて見ることができる。
しかしいかに便利とはいえ、それを自宅用に買うというのは、私自身にとっても突飛な発想だった。あくまでも図書館という公的施設のために設計されたものである。自宅
の空間の中に置けば、きっと異様さを帯びて見えることだろう。しかも、こうした特定
の施設向けの用品は生産量が限定されているため、個人にとってはどうしても高価であ
る。ブックトラックの場合、安いタイプのものでも、煙草に換算すれば三百箱(六千本)
分くらいの値段になる。そんなに高いものを買って辞書や事典を並べてみたところで、
プーフイベートな時間のなかで果たしてそれほどの利用価値があるのか。
これまで自宅でそんなに調べものをすることはなかったし、だいいち、ブックトラッ
クに並べるほどの辞書や事典を私はもっていない(!)のである。ブックトラックを買
えば、そのために使いもしないだろう辞書・事典まで買い揃えなくてはいけない。思え
ば思うほどにバカなことである。
そのバカなところが、狙いなのだ。禁煙にとって有効なのは、決して強固な意志など
ではなく、暮らしにおける思いがけなさの発見(あるいは捻出)である。それがニコチ
ンとタールに彩られた日常感覚に対して、たとえほんの微かであっても、ある種の揺さ
ぶりをかけることがあるからだ。
じっさい、専門メーカー数社のカタログを職場から借り、どのブックトラックにしよ
うかと検討した一夜は、禁煙の稽古はなかなかの成果を挙げたといってよい。ちょうど三時間、一服もしなかったのである。淡いモスグリーーンが美しいM社のスチール製に決
め、翌日、電話で注文した。届いた日の夜も、もちろん禁煙の稽古に励んだ。金属のハ
ードな質感を手で確かめたり、ありったけの辞書を載せたり、軽快に動くわりには頑丈
で安定感のあるキャスターーに感心したりしながら、やはり同じくらいの時間、とうとう
煙草に手を出さなかった。
耐えたのではない。煙草に手を出さずにいることを愉しんだのである。ブックトラックという一つの不意打ちの物件によって、喫煙への欲求の隙をついたのである。
それにしても禁煙にはお金がかかる。世の禁煙マニュアルに決まって書かれているの
が、あるいは禁煙教室などで必ず説かれる(らしい)のが、煙草を買わないことによる
経済効果である。「煙草代が一年で、五年で、十年で、どのくらいになるか、計算した
ことがありますか」といった具合だ。禁煙して1年たったいま、これには苦笑させられ
る。むしろ、おとなしく煙草を吸っていたほうがよほど経済的だということもあるので
はないか。
ただしもちろん、禁煙のための支出というものは、愉しい支出でなければならない。
私にとって少なくともブックトラックは、いまや手放せないほど便利なものになり、す
っかり愛着の湧く家具になった。辞書や事典などは、使おうとしなければ、それはそれで済んでしまい、別にたいした
差し障りもないものである。しかし至近のところにあって、いつでも手が届くとなると、
ずいぶん違うものだ。意外なほど手軽に、快適に、引くようになる。じっさい、たとえ
ばマンガ家の黒鉄ヒロシがその力量と技量とを総動員させたかのどとき傑作『新選組』
(PHP研究所)を読みながら、ブックトラックの上で明治維新人名辞典のたぐいをしば
しば引いては、マンガのおもしろさを増大させたものである。
ともあれ、思いがけない「物件」が日常の役に立つならば、禁煙にはなおさらに都合
がいい。自分をよろこばせること。快感を覚えさせること。それがどうやら禁煙にはか
なり有効なのだ。稽古をしながら、まず、そのことが分かった。
それは「事件」についても同じことであった。
事件といっても、自分で起こさねばならぬことである。果たして何をしたらよいか。
自分にとってどこか逸脱的であること。もちろん他人に迷惑をかけず、我が身ひとつに
責任を引き受けられること。自分には未体験のこと。快いこと。とにもかくにも、それ
によって喫煙衝動に対して不意を打つようなこと。できればスリルのあること。身体的
であること。そしてユーモアのあること。

喫煙衝動

そのように絞っていくと、じわじわと思いが定まっていき、やがてボンと弾けるように決まった。逆立ちだ!
もしも逆立ちができるようになれば、これは私にとってりっぱな事件である。私には
もともと運動能力というものが欠けている。スポーーツを見るのは好きだ。人間の身体が
思わぬ美しさを放ちながら躍動するのを見るのは快い。しかし自分の身体を動かしてみ
るのはきらいだ。子供の頃から、およそ体育の時間ほどいやなものはなかった。至って
不器用である。身体が固い。こわばっている。どんな運動をしても、なめらかに動いた
ためしがない。もちろんのこと、逆立ちなどできようはずもない。
逆立ちをしたら、一体、どんな気持ちがすることだろう。自分の足と天空とがつなが
ったような思いがするだろうか。頭が大地のエネルギーに触れるような気になるだろう
か。晴ればれとするだろうか。愉快だろうか。きっと愉快にちがいない。ニコチンヘの
渇望感など、そのときだけでも、潮が引くように失せてしまうかもしれない。
野ロ体操と呼ばれるユニークな体操によって知られた野口三千三氏が、逆立ちをめぐ
って次のように書いたことがある。
逆立ちは人間にとって、母親の胎内でそうであったという意味においてきわめて懐
かしく安らかであり、意識的自己にとってはまったくの未開拓な僻地であり、感覚的には新鮮なエネルギーに満ちた処女地ともいうべき姿勢・動きなのである。
(野口三千三『原初生命体としての人間』岩波書店・同時代一フイブラリー)
私が野口氏の文章に目を留めるようになったのは、その斬新ともいえる身体感覚のと
らえかたを知ってからである。たとえば「生きている人間のからだ、それは皮膚という
生きた袋の中に、液体的なものがいっぱい入っていて、その中に骨も内臓も浮かんでい
るのだ」といった考えには、妙に胸さわぎを覚えさせられた。氏によれば身体の主体は
脳でもなければ骨格でもない。体液である。解剖学などは肝心の体液がなくなってしま
った身体、つまり身体の抜け殼を調べているにすぎないというのである。
身体をゆらゆら、ぶらぶらさせ、その気持ちのよい動きに身を任せることで、皮膚に
つつまれた体液を実感しようという野口体操も、これまで一般化信じられている「自己
鍛錬としての体操」に対する鮮やかな否定と思わせられた。
しかし私は読んで感心するばかりで、自分では一向に身体を動かそうとはしない。逆
立ちがたとえ「未開拓な僻地」であって、「新鮮な子不ルギーに満ちた処女地ともいう
べき姿勢・動き」であるにしても、自分でいざ逆立ちをしてみようとは思わない。でき
るわけがないと諦めているからだ。そのできないことを、やってみようというのである。

むろん禁煙と逆立ちとの間に直接の関係はない。ただ、ガムなどをくちやくちや噛み
ながら禁煙しているのと、エイヤ″と逆立ちをしながら禁煙しているのとを比べるなら、
逆立ちのほうがけるかに格好よくはないか。
さて野口氏の書いているのは、ヨガ式に頭を床につける逆立ちで、両手を床につける
ふつうの逆立ちではない。両手で身体を支えるのでは、どうしても肩や腕の頑張りに力
がそそがれ、ヨガの逆立ちのように静かに澄み切った境地を味わうことは不可能だとい

いずれにせよ、両手で支えるふつうの逆立ちすら、私にはできない。ましてや、頭を
床につける方式はさらにむずかしいのではないか。壁に向かって試してみると、まった
くお話にもならない。まず正坐をする。両手の指を組んで床につけ、上半身を拝聴する
形にかがませる。そして手のひらに後頭部を載せ、ゆっくり倒立するというのだが、倒
立どころか、尻さえ持ち上がらないのである。念のためにヨガの本で調べてみると、こ
れはシラアーサナ(倒立体位法)と呼ばれる体位であるという。その解説を読んで、私
はがっかりした。

禁煙とヨガ

シラアーサナはヨガのさまざまな体位の中でも難度の高いほうに属す
るらしい。ヨガの教室に通っている知人に聞いたところ、その人は十年近くヨガを学び
ながら、シラアーサナは怖くてまだ一度も試みたことがないという。ここからが、ちょっと恥ずかしい。私はただちに諦めたのである。首筋を痛めてしま
うかもしれないし、あるいは首の骨を折ってしまうことも考えられる。死因は、禁煙のための逆立ちによる頚骨の骨折! できればユーモアのある「事件」をと思ったものの、
これではユーモアどころか、はなはだしく滑稽でさえある。
それにしても野口三千三の書く逆立ちはあまりに魅力的で、私をとらえて放さない。
まっすぐになった状態は、だらりとぶら下がったのを逆にした、まさにぶら王がり
の状態で、まっすぐで柔らかくてなるべく長く伸びるのがいい。しかも、稲や水仙の
若芽がどんどん伸びてゆくあのエネルギーを静かに内に包んでいる。からだの中身は
まるごと全体ひとつになって、透明平静そのもので、体液に浸っているすべての細胞
が自由に楽に息をしている感じである。 (前掲書)
できないけれど、やってみたい。やってみたいものの、できるわけがない。ヨガの本
をあれこれ探すうち、私はサルヴァーンガアーサナ(半倒立体位法)というものがある
のを知った。これはシラアーサナに比べるなら、はるかに易しそうに思える。まず仰向
けに寝る。両足を揃えて徐々に持ち上げる。上半身はまだ床につけたままでよい。両足が直立したら、手で腰を支えながら、上半身も立てていく。完全な形は、肩から足の先
までがまっすぐになり、床に垂直になる。
その完全形はさすがにむずかしい。しかしたとえ不完全であっても、そのまま目をつ
ぶってじっとしていると、野口氏のいう「ぶら上がり」をわずかばかりは体感できる気
がする。「透明平静」とまではゆかずとも、身体の中できつく冷たく束ねられているも
のが、かすかに温かくなってほどけるような気がする。禁煙の感覚は、ひょっとしてこ
んなものかもしれないという予感がふくらむ。
もちろん、このサルヴァーンガアーサナの練習をしている間、喫煙は抑えているのだ。
ニコチンヘの渇望が、喉元から胸、腹を通って腰のあたりに移り、さらに下半身を足の
裏まで流れヽ足の裏からそよそよと吹き抜ける
ある夜、「ぶら上がり」の状態に身
をゆだねながら、ほんの一瞬、そんな感じをつかんだこともあった。
それでも、この半倒立では「事件」とまではいえない。やはりどうしても本式の逆立
ち、シラアーサナの代用だと思ってしまうからだろう。胸をわくわくさせる何かを欠い
ている。私の考えでは、禁煙は鮮烈なおどろきでなければならない(そうでなくては禁
煙などしたくない)。その鮮烈さをイメージさせるほどのものが、このサルヴアーンガ
アーサナにはいささか足りないのである。やはりシラアーサナだ。ある夜、煙草を控えつつ、私はまた野口三千三の本を探し出
してきた。逆立ちの部分をじっくり読み返してから、壁に向かい、まず大きく伸びをし
た。ヨガを習っている知人が、はじめは笑いながら、つぎに真面目な顔で、危険だから
やめたほうがよいと忠告してくれたのをあらためて思い出した。
正坐をする。軽く指を組み合わせた両手を、手のひらの面を床に垂直にして置く。小
指が下、親指が上である。上半身を前にかがめ、頭を下げて後頭部を手のひらにつける。
さあ、ここからである。野ロ氏は次のように書いている。「腰を浮かして足の指を立て、
からだの中身を溶かして地球の中心の方向へ注ぎこむ(流し込む)ような感じで、から
だの重さを頭の天辺の一点に徐々に乗せてゆく」
腰を浮かせる。もちろん浮く。足の指を立てる。もちろん立つ。身体の中身を、つま
り体液を、地球の中心に向けて流し込む。これがむずかしい。野口氏によれば、そうし
ながら腰を高く上げつつ、膝を伸ばし、両足の指先を細かく歩かせるようにしながら頭
に近づけていく。やがて足にかかる重さが消え、足の先が床から浮き上がるという・・。
いくら試みても、足はどうしても床から離陸してくれない。私には無理だ。もうやめ
ようと思いかけた次の瞬間、(あ)と声にならぬ声が生まれた。重心がすーっと傾き、
体液がぐらりと揺れた
と思った。爪先がスローモーション・フィルムのようにゆっくり浮上していく。私の目にはその浮上する爪先が見えている。頭から腰までは逆立ち
になっている。爪先が視界から消えた。足がさらに徐々に上がっていくのが分かる。背
中や腰にぞくぞくした気持ちのよさが広がる。
おそらく数秒のことにすぎなかっただろう。他人が見ていたら、きっとおかしな格好
であったことだろう。逆立ちとしては不完全なまま身体が横に倒れて、私にとってきわ
めてめずらしいというべき体験はあっけなく終わった。しかし頭が床につき、足が床を
離れるという、日常からは転倒した感覚を得たことはその夜の収穫であった。それは喫
煙者にとっての禁煙に通ずる、あだらしさ、あざやかさ、めざましさであるに違いなか
った。すなわち禁煙の一つのイメージを、私は逆立ちによって手にしたのである。
もはや「稽古」のときではない。「本番」が近い。私は少しだけ考え、「本番」開始を
明後日の午後と決めた。明日とはしないところに、また明後日の朝からとはしないとこ
ろに、もちろん戦略としての優柔不断がまだ生きているのだ。翌日、私はいつもと同じ
くらいの煙草を吸い、いつもと同じくらいの仕事をし、夜には少し酒を飲み、少し本を
読んで寝た。
そして喫煙者としての最後の日であり、禁煙者としての第一日でもある日が明けた。
その日、私は図書館での夜のカウンターー当番で、出動は午後二時からになっていた。午後二時、私は勤務先の大学の近くではもっともおいしいコーヒーを出す店で、テーブル
に新しく封を切った煙草の箱を置き、煙をくゆらせていた。これから三十分の間に、こ
の箱からあと五本を出して吸う。そう思いながら、テーブルを手拭きできれいに拭った。
ネクタイも締め直した。その儀式めいた自分の仕草がおかしかった。
しかし儀式でなければならない。禁煙の幕を開ける場は晴れ舞台なのである。喫煙者
として暮らしてきた長い時間の連続が断ち切られ、いまこれから禁煙者として生きる時
間がはじまろうとしているのである。どうして粛然とせずにいられるだろうか。同時に
また私は面映ゆくもあった。なぜなら、いままでに何度もこうして「粛然」としてきた
からである。そのたびに、ネクタイを締め直してきたからである。
ただし、違いが一つあった。いままでの禁煙では本気で粛々としていた。「最後の一
本」をしみじみ味わいながら、目を閉じて来し方を回顧しつつ、これからは一本も吸わ
ないと臍を固めていた。それで翌朝には煙草の自動販売機にコインを入れていたのであ
る。こんどは少し違う。粛然とはしつつも、そのもっともらしい自分の表情を、どこか
らか自分で眺めているような気分がある。逆立ちをしたとき、一瞬、日常から転倒した
どとき感覚が生じた。いわば、その転倒した感覚の中にいる自分が、いまの自分を眺め
ている気配がある。それはどこか愉しい心地だ。また失敗してもよいと思っているのではない。なぜか、
もう失敗しないような気がする。午後一時半。私は最後の一本を、過去もふりかえらず、
決意も新たにせず、まったく何の思うところもなく吸い終えた。
吸殻を灰皿に押しつけた瞬間からニコチン離脱症状がはじまった。
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